「106万の壁」消滅まであと5ヶ月 ── 200万人のパートに迫る「手取り年15万円減」の現実
社会保険の賃金要件が10月に撤廃。「週20時間」が新たな分岐点に。損しない年収ラインはどこか
2026-05-21
200万人
新たに社会保険加入対象
10月に「106万の壁」が消える
2026年10月、パート・アルバイトの働き方に大きな転機が訪れる。社会保険加入の条件だった「月額賃金8.8万円以上(年収約106万円)」の要件が撤廃されるのだ。
これまでの社会保険加入条件は4つあった。
- 週20時間以上の勤務
- 月額賃金8.8万円以上(年収約106万円)
- 従業員51人以上の企業に勤務
- 2ヶ月を超える雇用見込み
10月からは賃金要件がなくなる。週20時間以上働けば、年収に関係なく社会保険への加入対象になる。
厚生労働省の推計では、新たに約200万人が対象だ。内訳は第3号被保険者(扶養配偶者)が約90万人、第1号被保険者(国民年金加入者)が約70万人、60歳以上の非加入者が約40万人となっている。
さらに注目すべきは、約65万人が106万円の壁を意識して「働き控え」をしていたとされる点だ。この層にとって、制度改正は働き方そのものの見直しを迫る転換点になる。
新規社会保険加入対象者の内訳(約200万人)
厚生労働省推計
手取り「年15万円減」の衝撃
最大の関心事は手取りへの影響だ。社会保険料は健康保険と厚生年金を合わせて収入の約15%にのぼる。年収106万円なら年間約15〜16万円の負担が新たに発生する計算だ。
年収別の手取り変化を見てみよう。
- 年収80万円:約79万円 → 約65万円(▲約14万円)
- 年収100万円:約98万円 → 約84万円(▲約14万円)
- 年収106万円:約103万円 → 約89万円(▲約14万円)
- 年収125万円:約108万円 → 約108万円(±0=損益分岐点)
月収7〜9万円の世帯にとって、月1万円超の手取り減は生活に直結する。特に時給1,000円・週20時間で働く層は、年間約15万円の負担増だ。
一方、「損益分岐点」は年収125万円にある。時給に換算すると約1,200円。ここを超えれば、保険料を払っても手取りは現状と同水準かそれ以上になる。2026年度の最低賃金は全国平均1,200円前後に引き上げられる見通しで、フルタイムに近い働き方をすれば損益分岐点を超えるケースも増えそうだ。
106万の壁撤廃後の年収別手取り額
リードブレーン試算をもとに作成
新たに生まれる「週20時間の壁」
106万の壁が消えた後、焦点になるのが「週20時間の壁」だ。金額ではなく「時間」が新たな判断基準になる。
改正後の加入条件はシンプルになる。
- 週の所定労働時間が20時間以上
- 2ヶ月を超える雇用見込み
- 従業員51人以上の企業に勤務
扶養内で働き続けたい場合、週19.5時間以内に抑える必要がある。時給1,200円なら週19.5時間で年収約122万円。これが扶養内で最大限稼げるラインだ。
ただし、時間管理には注意が必要になる。残業や繁忙期のシフト増で実労働時間が週20時間を超えれば、加入義務が発生する可能性がある。月単位の平均で判断されるため、「週19時間のつもりが月平均で超えていた」というケースも想定される。
さらに改革は段階的に続く。2027年10月には企業規模要件(51人以上)の撤廃が始まり、2029年10月には個人事業所(従業員5人以上)にも拡大する。最終的に2035年10月で完全撤廃の予定だ。
「壁」はこれから約10年かけて、一つずつ取り払われていく。
企業への打撃と政府の軽減策
企業側の負担も見逃せない。社会保険料は労使折半のため、新規加入者1人あたり年間約15〜16万円が企業の追加コストになる。
200万人が対象となれば、企業全体で数千億円規模の負担増だ。パート比率の高い業種は特に厳しい。
- 小売業:レジ・品出しスタッフの多くが対象に
- 飲食業:短時間シフトの従業員が多数
- 介護業:慢性的な人手不足のなかでの負担増
帝国データバンクの調査では、最低賃金引き上げに負担を感じている中小企業は76.6%にのぼる。社会保険料の追加負担が重なれば、人件費の圧迫はさらに深刻になる。
政府は軽減策として2つの措置を打ち出している。1つは年収156万円未満の従業員について、企業側の保険料負担割合を引き上げられる仕組み。もう1つは新規加入者への3年間の保険料軽減特例だ。
ただし特例は時限措置にすぎない。中小企業からは「3年後に本当に耐えられるのか」と不安の声が漏れている。
「損する人」と「得する人」の分かれ目
10月の施行まであと5ヶ月。パート労働者にとって、選択肢は大きく3つに整理できる。
- 週20時間未満に抑えて扶養にとどまる
- 年収125万円以上に増やして手取り減を取り戻す
- 将来の年金増を見据えて加入を前向きに受け入れる
短期的には手取りが減る。だが長期的にはメリットもある。
厚生年金に加入すれば将来の年金受給額が上乗せされる。月収8.8万円で20年間加入した場合、年金が年間約11.6万円増えるという試算もある。傷病手当金や出産手当金の対象にもなり、万が一のセーフティネットが手厚くなる。
政府の狙いは「働き控え」の解消と、少子高齢化で揺らぐ社会保険の支え手拡大だ。しかし手取り減という痛みを直接受けるのは、パート労働者本人にほかならない。
制度の趣旨は理解できても、家計への影響は待ったなし。施行までの5ヶ月で、勤務時間・収入目標・将来の年金を総合的に見直す必要がある。まずは自分の週あたりの労働時間と年収を確認するところから始めたい。