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「122兆円」と「暫定予算」── 衆院3分の2でも突破できない参院の壁

「122兆円」と「暫定予算」── 衆院3分の2でも突破できない参院の壁

11年ぶりの暫定予算が現実味。過去最大の予算案をめぐる与野党攻防の深層を読み解く。

2026-03-24

122.3兆円

2026年度予算案(過去最大)

過去最大「122兆円予算」の全貌 ── 膨張する歳出と問われる財政規律

2025年12月26日、高市早苗政権は初の当初予算案を閣議決定しました。一般会計の総額は122兆3,092億円。前年度比6.2%増、約7兆円の上積みで、2年連続の過去最大更新です。初めて120兆円台に突入したこの予算案には、高市首相が掲げる「責任ある積極財政」の理念が色濃く反映されています。 歳出の最大の柱は社会保障関係費39兆559億円(前年度比+約0.8兆円)で、高齢化の進展に伴い全体の約32%を占めます。しかし今回最も注目すべきは国債費31兆2,758億円(同+約3.1兆円)で、初めて30兆円を突破しました。長期金利の上昇を反映し、想定金利を年2.0%から3.0%に引き上げたことが主因です。3.0%という想定金利は1997年度以来、約30年ぶりの高水準であり、利払い費だけで13兆円に急増しています。金利が1%上がるだけで数兆円の利払い増が生じる構造は、財政の脆弱性を如実に示しています。 防衛関係費は8兆9,843億円で過去最大を更新。米国とイスラエルによるイラン攻撃で中東情勢が緊迫する中、安全保障環境の変化が予算にも反映されました。さらに高校授業料と小学校給食の無償化に約7,000億円、AI・半導体支援に特別会計で1兆2,390億円を計上するなど、新規の政策経費も目立ちます。 歳入面では、物価高や企業業績の好調を背景に税収が過去最高の83兆7,350億円を見込みます。2026年度から導入される防衛特別法人税による+0.6兆円の増収効果も織り込まれました。しかし歳出の伸びには追いつかず、新規国債発行額は29兆5,840億円に達し、国債依存度は24.2%。国債発行残高は2026年度末時点で1,145兆円に膨らむ見通しです。 特筆すべきは、各省庁からの概算要求総額122兆4,454億円からほぼ削減されずに閣議決定された点です。通常、財務省の査定で数兆円規模の削減が行われますが、今回は「積極財政」の看板のもと満額回答となりました。野党側は「財政規律の放棄」と批判する一方、政府は「デフレ脱却の正念場」と反論。28年ぶりに一般会計ベースのプライマリーバランスが黒字化する見通しであることも、政府の自信の根拠となっています。 ただし、プライマリーバランスの黒字化は利払い費を除いた指標であり、国債費全体を含めれば財政収支は依然として大幅な赤字です。「黒字化」という言葉の裏にある構造的な課題を見落としてはなりません。

2026年度予算案 歳出構成(122.3兆円)

出典:財務省「令和8年度予算案」

「59時間」の衝撃 ── 衆議院通過をめぐる攻防と民主主義の作法

2026年度予算案は3月13日夜、衆議院本会議で自民党・日本維新の会などの賛成多数により可決され、参議院に送付されました。しかし、この通過の過程そのものが大きな論争を巻き起こしています。 衆議院での審議時間はわずか59時間。2000年以降の予算審議で最短記録を更新しました。近年の目安とされる70時間前後を大きく下回り、審議入りから可決までの期間もわずか16日間。野党は「これほどの規模の予算を、これほど短い審議で通すのは暴挙」と激しく反発しました。予算委員会の委員長解任動議も提出されましたが、これも与党の数の力で否決されています。 背景には、高市首相が2026年1月の通常国会冒頭に衆議院を解散したという異例の経緯があります。2月8日の総選挙で自民党が316議席の歴史的圧勝を収めたものの、解散から選挙、特別国会の召集を経て予算案の審議入りは大幅に遅れました。3月31日の年度末までに成立させるには、通常のペースでは時間が足りない。「解散を決断した首相自身が作った時間的制約」(野党幹部)が、審議時間の圧縮という形で跳ね返ってきたのです。 衆院での採決では、中道改革連合(49議席)、国民民主党(28議席)、参政党(15議席)、チームみらい(11議席)、共産党(4議席)の野党5党が反対票を投じました。反対理由は各党で異なります。中道改革連合は「審議時間の不足と財政規律の欠如」、国民民主党は「イラン情勢への対応費が不十分」、参政党は「移民政策関連の予算配分への疑問」、共産党は「軍事費の膨張」をそれぞれ問題視しました。反対理由の多様性は、この予算案が抱える論点の広さを物語っています。 与党側は「年度内成立を実現することが国民生活への責任」と主張し、審議時間の短縮はやむを得ない措置だと説明しました。確かに、予算が年度内に成立しなければ行政サービスの停滞を招くリスクがあります。しかし122兆円を超える過去最大の予算案を、過去最短の審議時間で通すことの民主的正当性については、与党内からも疑問の声が上がっています。この衆議院での強行的な通過が、参議院での野党の態度をさらに硬化させ、「衆院で軽んじられた審議を参院で取り返す」という野党の共通認識を形成することになりました。 予算委員会の質疑では、松本洋平文部科学大臣の不祥事問題も取り上げられ、高校授業料無償化法案の審議にも暗い影を落としました。予算審議と政治スキャンダルが絡み合う展開は、衆院での審議の質をさらに低下させる要因となったと指摘されています。

参議院の壁 ── 6議席の不足が生み出す「条件闘争」の構図

衆議院で3分の2を超える352議席(自民316+維新36)を誇る与党も、参議院では景色が一変します。自民・維新の参院勢力は119議席で、過半数の125議席に6議席足りません。この「6議席の壁」が、122兆円予算案の命運を左右しています。 参院での予算審議は3月16日に始まりましたが、野党6党の参院国対委員長らは審議開始前に会合を持ち、「参院予算委員会での審議時間は例年並みの60時間台が必要」との認識で一致しました。衆院での59時間審議への対抗意識は明確です。加えて、暫定予算案の編成を与党に求める方針も確認されました。 立憲民主党の斎藤嘉隆国対委員長は「魔法のつえでもない限り、現実的には年度内成立は難しい」と明言。さらに「政府が暫定予算の編成を表明しなければ、審議に応じない可能性がある」と、事実上の審議拒否をちらつかせました。野党側の論理は明快です。年度末に間に合わないのは明らかなのだから、先に暫定予算の手当てをしてから、本予算は十分な時間をかけて審議すべきだ──というものです。 与党は過半数確保のため、チームみらい、日本保守党、無所属議員への協力を呼びかけています。しかし各党・各議員とも条件闘争の構えを崩しません。国民民主党の玉木雄一郎代表は木原稔官房長官と面会し、イラン情勢の変化に応じた対策費を暫定予算に盛り込むことを強く求めました。しかし財務省は「当初予算に入っていないイラン情勢の対策費は、法律上、暫定予算に計上できない」との立場で、政策的要求と法制度の間に埋めがたい溝が生まれています。 自民党幹部からは「3月24日が暫定予算編成の判断期限」との声が出ており、高市首相は決断を迫られています。首相は23日時点で暫定予算編成の検討に入ったことを認め、参院での少数状況に対して柔軟姿勢を見せ始めました。しかし「暫定予算を認めれば参院審議を急ぐ理由がなくなり、野党のペースに巻き込まれる」(与党関係者)というジレンマは深刻です。暫定予算の受け入れは、野党に対する重大な譲歩と映りかねません。 この攻防が示すのは、衆院で圧倒的多数を持つ政権であっても、参院の壁を突破できないという二院制の現実です。「民意の圧倒的支持」を得たはずの与党が、わずか数ヶ月後に予算すら通せない──この構造的矛盾が、今回の予算攻防を単なる政局以上のものにしています。 一方、外交青書の原案で中国の位置づけが「最も重要な二国間関係」から「重要な隣国」に格下げされたことも、野党の一部が予算審議の場で問いただしたい重要論点として浮上しており、審議の長期化要因となりかねません。

衆参の与野党議席数:衆院「圧倒的多数」vs 参院「過半数割れ」

出典:衆議院・参議院(2026年3月時点)

暫定予算の歴史 ── 11年ぶりの「非常事態」が意味するもの

暫定予算が編成されれば、2015年度以来11年ぶりの事態となります。戦後の暫定予算編成は33回を数えますが、その歴史を振り返ることで、今回の局面の特殊性が浮かび上がります。 暫定予算とは、本予算が年度開始(4月1日)までに成立しない場合に、一定期間の行政運営に必要な最低限の経費を認めるための予算です。財政法第30条に基づき、本予算と同様に国会の議決を経て成立する正式な予算ですが、その内容は厳しく制約されます。公務員の人件費、社会保障給付、既存事業の継続経費が中心で、新規事業や政策的判断を伴う支出は原則として盛り込めません。 直近の暫定予算は2015年度で、安倍政権下のものでした。2014年末の衆院選(第47回総選挙)の影響で予算編成が遅れ、4月11日までの暫定予算(5兆7,593億円)が編成されました。その前の2013年度も同様に衆院選(第46回、2012年末)の影響で50日間の暫定予算が組まれています。さらに遡ると2012年度は東日本大震災の影響、1994年度は政治改革関連法案の優先と細川首相の退陣で50日間+40日間の暫定補正予算という異例の事態に至りました。 興味深いのは、過去の暫定予算編成の多くが「衆院解散・総選挙」に起因している点です。今回も高市首相による1月の衆院解散が予算審議の遅れを招いた直接的要因であり、歴史は繰り返しているとも言えます。ただし、今回が過去の事例と決定的に異なるのは、衆院で与党が3分の2以上の圧倒的多数を持ちながら暫定予算に追い込まれるという点です。過去の事例は少数与党や連立の不安定さが原因でしたが、今回は参院だけが少数という「非対称なねじれ」が生み出した異例のケースです。 今回の暫定予算の規模は、1ヶ月程度の本予算成立の遅れを想定した場合、9兆円強と推計されています。122兆円の本予算に対して約7%にすぎませんが、行政実務への影響は無視できません。新規の政策事業は凍結され、高校授業料無償化の4月からの実施にも影響が出る可能性があります。また、AI・半導体支援などの経済安全保障関連予算も執行が遅れ、国際競争力への影響を懸念する声もあります。 なお、憲法第60条により、参議院が予算案を受領してから30日以内に議決しない場合は衆議院の議決が国会の議決となります(自然成立)。3月13日に衆院で可決された予算案は、4月11日には参院の議決を経ずとも成立する計算です。しかし3月31日から4月11日までの11日間は「予算空白」状態となるため、暫定予算の編成は避けられないのが実情です。

過去の暫定予算:編成規模の比較

出典:参議院調査室・財務省資料

「二院制のパラドックス」── 衆院3分の2が機能しない理由

今回の予算攻防は、日本の二院制が内包する構造的なパラドックスを浮き彫りにしています。衆議院で3分の2という憲政史上まれに見る議席を獲得した与党が、なぜ参議院で予算を通せないのか。この問いに向き合うことは、日本の議会制度そのものを問い直すことにつながります。 日本国憲法は、予算案について衆議院の優越を認めています。衆院で可決された予算案は、参院で否決されても30日で自然成立します(第60条)。一方、法律案については衆院の3分の2以上の賛成で再可決が可能です(第59条)。今回、高市政権は衆院で3分の2を超えているため、法律案については参院で否決されても再可決という手段があります。 しかし予算案の場合、「自然成立」までの30日間を待つしかなく、その間に年度をまたげば暫定予算の編成が不可避となります。つまり予算に関しては、衆院の3分の2が持つ意味は法律案ほど大きくないのです。これが今回の「パラドックス」の核心です。 参院の与党議席119に対し、過半数の125まであと6議席。この数字は、2025年の参院選で自民・維新が伸び悩んだ結果です。衆院では2026年2月の選挙で歴史的大勝を収めましたが、参院は改選されていないため、前回の選挙結果がそのまま残っています。衆院と参院で「異なる時点の民意」が反映されるという二院制の特性が、ここで如実に表れています。 与党が予算を年度内に通すための選択肢は限られています。第一に、野党の一部を切り崩して過半数を確保する方法。チームみらいや無所属議員に秋波を送っていますが、各議員は選挙区事情や政策要求を背景にした条件闘争を展開しており、容易ではありません。第二に、野党の要求を一部受け入れて協力を取り付ける方法。しかし「衆院で十分な審議をしなかった」という野党の怒りは深く、形式的な譲歩では収まりそうにありません。第三に、自然成立(4月11日)まで待つ方法。この場合、暫定予算の編成は確実ですが、行政の停滞を最小限に抑えつつ時間を稼ぐことはできます。 高市首相が暫定予算の検討に入ったことは、事実上「第三の選択肢」に傾きつつあることを示唆しています。野党との正面衝突を避け、暫定予算でつなぎながら4月11日の自然成立を待つという戦略です。しかしこの戦略には「参院軽視」との批判がつきまといます。衆院で強行採決し、参院での審議結果を待たずに自然成立に任せるという姿勢は、二院制の趣旨を形骸化させるものだと野党は主張しています。 この問題の本質は、単なる政局や駆け引きの次元にとどまりません。衆院選と参院選が異なるタイミングで行われる以上、両院の多数派が異なる「ねじれ」は構造的に生じうるものです。今回は予算案という国の根幹に関わる議題でそのねじれが顕在化しました。二院制をどう機能させるか──効率的な政策決定と多様な民意の反映のバランスをどう取るか──は、今後の日本の議会政治にとって避けて通れない課題です。