「上げても届かない」介護の賃金 ── 月1.9万円の処遇改善と公定価格の壁
6月の臨時改定で最大月1.9万円の賃上げ。だが全産業との差は月5.5万円。改定は3年に1度、春闘は毎年──この速度差が25万人不足の根にある
2026-06-04
5.5万円
介護職と全産業平均の月給差
6月、介護報酬が「臨時」で改定された
2026年6月、介護報酬が臨時改定された。通常は3年に1度の見直しを前倒しした措置だ。
理由は人材不足の深刻さにある。厚労省の推計では、2026年度に必要な介護人材は現状より約25万人多い。介護職の有効求人倍率は3.94倍で、全職種平均(1.16倍)の3倍超になる。特に都市部では5倍を超える地域もあり、求人を出しても応募が来ない状態が常態化している。
改定率は+2.03%。柱は処遇改善加算の拡充で、介護職員の賃金を最大月1.9万円引き上げる。ケアマネジャーや訪問看護師、訪問リハビリなど、これまで加算の対象外だった職種も新たに含まれた。
ただし、この改定幅で人材流出が止まるかは別の問題だ。注目すべきは改定の「額」ではなく「速度」にある。介護報酬の改定ペースと、全産業の賃上げスピードの間に、構造的な差が生まれている。
「月1.9万円」の中身を分解する
月1.9万円はあくまで「最大値」だ。すべての介護職員に届くわけではない。
内訳はこうなっている。
- 全職種共通の引き上げ: 月1万円(3.3%相当)
- 上乗せ分(介護職のみ): 月7,000円(2.4%相当)
上乗せを受けるには、ケアプランデータ連携システムへの加入や生産性向上推進体制加算の取得が要件だ。中小規模の事業所にはハードルが高く、多くの現場では月1万円が現実的な上限になる。
全産業の2026年春闘賃上げ率は5.25%だった。介護報酬の改定幅は2.03%。仮に全産業平均が年5%で伸び続ければ、1年後には介護職との差は今より広がる計算になる。
専門家からは「格差縮小と春闘対応を考えれば月2万円が最低限」との指摘も出ている。今回の改定はその水準にも届いていない。
公定価格の壁──追いつけない構造
介護サービスの料金は市場が決めるのではない。国が定める「公定価格」=介護報酬で決まる。
民間企業は人手不足や景気に応じて柔軟に賃金を動かせる。だが介護事業者は、報酬の範囲内でしか人件費を払えない。報酬が上がらなければ、賃上げの原資がない。
数字で確認する。
- 介護職の平均月給: 約34.1万円(2025年7月時点、賞与込み)
- 全産業平均(役職者除く): 約39.6万円
- 差額: 月約5.5万円
月1.9万円の最大改善が届けば、差は約3.6万円に縮まる。だが翌年、全産業が5%台で賃上げすれば平均月給は約41.7万円に達する。介護側に追加の改定がなければ、差は5.7万円へ再び開く。
改定は原則3年に1度。市場の賃金は毎年動く。この速度差が、25万人不足の構造的な要因だ。2009年に月10.1万円あった差を、十数年かけて5.5万円に縮めてきた。だが全産業の賃上げが加速した今、縮小の歩みが打ち消されつつある。
介護職と全産業の平均月給比較
厚生労働省 毎月勤労統計調査(2025年)
利用者負担だけが確実に増えていく
処遇改善の原資は、介護保険料と利用者の自己負担から出る。
65歳以上の介護保険料は全国平均で月額6,225円(第9期、2024〜2026年度)。制度開始の2000年度は2,911円だった。24年間で2.1倍に膨らんでいる。処遇改善を続ける限り、この上昇は止まらない。
8月からは利用者の直接負担も増える。
- 食費: 1日30〜60円の引き上げ(月約1,000〜2,000円増)
- 居住費: 1日60〜100円の引き上げ(月約2,000〜3,000円増)
対象は一定の所得がある「第3段階」の入所者で、低所得者は据え置きとされている。だが保険料の上昇は全員に及ぶ。
一方で介護事業者の経営は厳しさを増す。2025年の倒産は176件で2年連続の過去最多を更新した。休廃業・解散は653件で4年連続の最多。とりわけ訪問介護が91件と突出する。
報酬を上げても人が集まらず、保険料と利用者負担だけが上がる。事業者は採算が取れず撤退する。この循環が介護制度の現在地だ。
介護事業者の倒産件数推移
東京商工リサーチ
「3年に1度」を超える設計は可能か
今回の臨時改定は、3年サイクルでは追いつけないことを認めた措置ともいえる。
構造的な対応の選択肢は、いくつか考えられる。
- 報酬改定を年次化し、市場の賃金動向に近づける
- 春闘結果に連動する賃金加算の仕組みを導入する
- ICT・介護ロボットで生産性を高め、報酬内の賃金原資を増やす
いずれも財源と制度設計の壁がある。改定頻度を上げれば保険料の上昇が早まる。賃金に連動させれば財政の予測が難しくなる。生産性向上は有望だが、効果が出るまで時間がかかる。
2040年には約57万人の追加人材が必要になる。年6.3万人ペースの確保が求められるが、2024年の介護職員数は前年比わずか487人の増加にとどまった。介護職の離職率は12.4%と過去最低まで改善しているが、それでも「入ってこない」問題の方が深刻だ。
公定価格の仕組みを維持するなら、改定の速度を市場に近づける設計の見直しが避けられない。処遇改善の金額を積み上げても、差が開き続ける構造が変わらなければ、人材不足は解消に向かわない。