「3.6兆円の賭け」── 新制度ラッシュの2026年4月、少子化は反転するか
こども誰でも通園・高校無償化・支援金徴収──史上最大の子育て政策パッケージを検証する
2026-04-25

3.6兆円
加速化プラン予算規模
6制度が同時始動した2026年4月の転換点
2026年4月1日、日本の子ども・子育て政策は大きな転換点を迎えた。こども誰でも通園制度、高校授業料支援の拡充、公立小学校給食費の実質無償化、公立中学校35人学級の段階的導入、離婚後の共同親権、自転車違反への青切符制度、子ども・子育て支援金の徴収開始など、家族法制から教育、保育、財源まで複数の制度が同時に動き出した。中心は「こども誰でも通園制度」の全国展開である。従来は保育所利用に就労証明が必要だったが、新制度では就労要件を問わず、生後6ヶ月から満3歳未満の子どもが月10時間まで利用できる。対象は保育所、認定こども園、幼稚園、小規模保育、家庭的保育、企業主導型保育、児童発達支援センターに広がり、専業主婦・主夫、フリーランス、育児休業中の親にも制度上の保育アクセスが開かれた。申請は「つうえんポータル」でも可能となり、手続き面の負担も抑えられた。教育費では、私立高校授業料支援の所得制限が撤廃され、全日制は年45万7,200円、通信制は年29万7,000円を上限に世帯年収を問わず支給される。ただし対象は授業料に限られ、入学金、教材費、制服代、通学費は含まれない。制度の範囲は広いが、実効性の検証はこれからである。
出生数66万人時代が示す危機の構造
政策パッケージの背景には、急速に悪化する人口動態がある。2024年の出生数は68万6,061人で、前年の72万7,288人から約4万1,000人減り、10年連続で過去最少を更新した。日本経済新聞の報道では、2025年の出生数は初めて68万人を割る見通しで、民間推計では約66.5万人まで落ち込むとされる。2020年の84万1,000人から見ると、5年で2割以上の減少である。合計特殊出生率も2022年の1.26から2023年に1.20、2024年に1.15へ低下し、2025年は1.13前後と推計される。人口維持に必要とされる置換水準2.07との差は広がり続け、社会保障・人口問題研究所が示す2060年に人口8,000万人を下回る見通しも現実味を増す。注目すべきは、減少が未婚化だけで説明できない点だ。日本総合研究所は、2025年上半期の出生数3.1%減の主因を有配偶出生率の低下と分析している。2024年の婚姻数は50万5,656組で2年連続増加したが、出生数は減り続けた。結婚すれば子どもが生まれるという従来の前提は揺らぎ、経済的不安、キャリアとの両立、住環境などが出産判断を重くしている。自然減は2025年速報値で過去最大の約90万人に達し、日本は年間で中核市ひとつ分の人口を失うペースにある。
日本の出生数の推移(2020〜2025年)
厚生労働省「人口動態統計」、2025年は民間推計
3.6兆円の加速化プランと政策の柱
政府の回答が、こども家庭庁主導の「こども未来戦略・加速化プラン」である。国・地方合計の事業費ベースで3.6兆円と、少子化対策としては過去最大規模の予算を投じる。2025年度予算では、その8割強にあたる約3.0兆円が実現され、こども家庭庁の2026年度予算は約7.3兆円に達した。3.6兆円の内訳は3本柱で構成される。最大は「若い世代の所得向上と経済的支援の強化」で約1.7兆円、全体の47%を占める。児童手当の高校生までの延長、第3子以降の月3万円への増額、所得制限撤廃、出産費用の保険適用検討、奨学金制度の充実などが含まれ、児童手当の追加給付は子ども1人あたり年数十万円規模となる場合がある。第2の柱は「全てのこども・子育て世帯を対象とする支援の拡充」で約1.3兆円、36%である。こども誰でも通園制度、保育士の処遇改善、放課後児童クラブの受け皿拡大、病児保育、ひとり親世帯への食事支援や体験機会の拡充が並ぶ。第3の柱は「共働き・共育ての推進」で約0.6兆円、17%。育児休業給付率の実質10割化、時短勤務中の給付、育児期間中のパートやフリーランスの年金保険料免除が盛り込まれた。ただしGDP比で見れば、日本の家族関連社会支出はなお先進国の中位にとどまり、スウェーデンやフランスの水準には遠い。
加速化プラン3.6兆円の内訳
こども家庭庁「加速化プラン」
支援金と国際比較が映す到達点と限界
加速化プランの財源として導入されたのが「子ども・子育て支援金」である。2026年4月分、すなわち5月納付分から、健康保険料・介護保険料と合わせて徴収が始まった。2026年度の支援金率は0.23%で、標準報酬月額に乗じて算出される。月額負担は年収200万円で192円、400万円で384円、600万円で575円、800万円で767円、1,000万円で959円。被用者保険では半分を事業主が負担し、国民健康保険や後期高齢者医療制度の加入者も保険料への上乗せで負担する。全医療保険の加入者平均では1人あたり月約250円、年3,000円である。徴収総額は2026年度約6,000億円、2027年度約8,000億円、2028年度約1兆円へ拡大し、加入者1人あたりも2027年度月約350円、年4,200円、2028年度月約450円、年5,400円へ増える見込みだ。これを実質増税と見る批判や「独身税」と呼ぶ声がある一方、少子化を社会全体で支える制度と評価する見方もある。国際比較では、日本の弱さも残る。OECDの「Education at a Glance 2025」によれば、初等教育から高等教育までの公的支出はGDP比3.9%で、OECD平均4.7%を下回る。在学者1人あたり教育支出も年1万4,130ドルで、平均1万5,023ドルに届かない。高等教育では公財政教育支出がOECD平均の54%、公財政負担割合は37.5%で平均67.4%を大きく下回る。
子ども・子育て支援金の年収別月額負担(2026年度)
こども家庭庁
2030年代の出生率反転は可能か
3.6兆円の政策パッケージが少子化を反転させるかは、なお見通しに幅がある。韓国は2006年以降、累計280兆ウォン、約28兆円相当を投じ、出産奨励金、保育無償化、育児休業拡充を進めたが、合計特殊出生率は2023年に0.72まで低下した。金銭的支援だけでは反転が難しいことを示す例である。一方、フランスは家族給付、保育制度、事実婚カップルへの法的保護であるPACS制度、長期の育児休業制度を組み合わせ、出生率を1.7〜2.0の水準で長く維持してきた。日本の改革にも前進はある。こども誰でも通園制度は、就労を前提にしない保育アクセスを認める点で、フィンランドやスウェーデンのような子どもの権利としての保育に近づく一歩である。ただし月10時間の上限は、北欧の週25〜40時間と比べれば限定的で、お試し利用の域を出ないとの評価も残る。私立高校授業料の所得制限撤廃も教育費負担の平準化には有効だが、入学金、教材費、制服代、通学費は残り、私立高校では年間数十万円の負担が続く場合がある。課題は住居費、長時間労働、若年層の非正規雇用にも及ぶ。東京23区のファミリー向け賃貸は平均月15万円を超え、男性の育休取得率は上がっても期間は短く、「取るだけ育休」との指摘もある。2027年度以降の婚姻数と有配偶出生率が、政策効果を測る焦点となる。高市政権が掲げる2030年代の出生率反転には、制度整備だけでなく、若い世代が子どもを持ちたいと思える社会条件の形成が不可欠である。