独自分析
賃上げ中小企業倒産雇用
「賃上げが会社を殺す」── 人件費倒産3年で20倍、中小企業の生存危機

「賃上げが会社を殺す」── 人件費倒産3年で20倍、中小企業の生存危機

日経6.3万円の裏で年442件の「人手不足倒産」── 転嫁なき賃上げ政策の限界

2026-05-24

442件

2025年度の人手不足倒産(過去最多)

「日経6.3万円」と「倒産1万件」── 分裂する日本経済

2026年5月、日経平均株価が史上初の6.3万円を突破した。トヨタの年間売上は50兆円に到達し、春闘は3年連続で5%超の賃上げを達成。実質賃金は2月にプラス2.0%を記録し、1%超えは21年ぶりだ。

「賃金と物価の好循環」がようやく定着したかに見える。

だが、この景色には死角がある。

2025年度の全国企業倒産は1万505件。2年連続の1万件超え、12年ぶりの高水準だ。特徴的なのは、不況型ではなく「人手不足」を原因とする倒産が過去最多の442件を記録したことにある。

中でも衝撃的なのが「人件費高騰」型の倒産だ。年195件、前年度比77%増。3年前と比べて約20倍に膨れ上がった。

株価最高値と倒産急増の同時進行。この矛盾の正体は、賃上げの恩恵を受ける大企業と、賃上げに体力を奪われる中小企業の分断にほかならない。

人手不足倒産の推移(年度別)

帝国データバンク、東京商工リサーチ

「上げても死ぬ、上げなくても死ぬ」── 3つの要因が連鎖する

東京商工リサーチによると、2025年度の人手不足倒産442件は3つの要因に分かれる。

  • 人件費高騰:195件(前年度比77%増)
  • 求人難:139件
  • 従業員退職:108件(同40%増)

この3つは独立した現象ではなく、互いに連鎖する構造だ。

大企業が5%賃上げすると、中小企業の従業員は「うちも上げてくれ」と求める。上げなければ人が辞める。「従業員退職」型倒産が40%増なのがその証拠だ。

かといって無理に賃上げすれば、コストを吸収できず資金繰りが悪化する。人件費高騰型が77%増の195件に達したのは、この圧力に耐えかねた企業の姿だ。

そもそも求人を出しても人が集まらない。最低賃金の上昇で時給水準が横並びになり、待遇で差をつけられない中小企業は採用市場から締め出される。

上げても死ぬ、上げなくても死ぬ。中小企業は袋小路に追い込まれている。

人手不足倒産の要因別内訳(2025年度)

東京商工リサーチ

労働分配率75% ── 中小企業に「のりしろ」はもうない

この構造的な苦しさの根本にあるのが「労働分配率」の格差だ。付加価値に占める人件費の割合は、企業規模で劇的に異なる。

  • 大企業:46.4%
  • 中規模企業:64.3%
  • 小規模企業:75.5%

大企業は稼ぎの半分以上を投資や利益に回せる。しかし小規模企業は収益の4分の3が人件費に消える。ここからさらに5%上乗せすれば、残り25%から設備費・原材料費・借入返済をまかなう計算だ。利益はほぼゼロになる。

価格転嫁で吸収できればいい。だが賃上げを「しない」と答えた企業の理由トップは「コスト増を転嫁できていない」で44.7%。原材料費・電気代高騰も43.5%が挙げた。

大企業のベースアップ実施率66%に対し、中小は55%。初任給引き上げは大企業40%、中小22%。数字の差は一見小さいが、労働分配率の違いを重ねると、中小企業にはもう「のりしろ」が残っていないことがわかる。

企業規模別の労働分配率

中小企業庁「中小企業白書」

飲食・介護が壊滅的 ── 価格を決められない業種の悲劇

業種別では、自ら価格を決めにくい労働集約型産業が直撃されている。

2025年度の人手不足倒産の業種別内訳:

  • サービス業全体:170件(前年度比73%増)
  • 建設業:93件(同8%増)
  • 運輸業:70件(同11%増)

サービス業の中で突出するのが飲食業の64件(前年度比178%増)だ。原材料費高騰で値上げを重ねた結果、客足が遠のいた。売上減と人件費増が同時に進む「ダブルパンチ」に陥っている。

医療・福祉の53件(同77%増)も深刻だ。介護報酬や診療報酬は国が決めるため、価格転嫁という選択肢自体が存在しない。「賃上げの原資を作る手段がない」のだ。

倒産企業の63%は資本金1千万円未満の零細企業。日本の全企業の99.7%を占める中小企業、その底辺から順に消えている。これは経済の「新陳代謝」ではない。地域の雇用と生活基盤の崩壊だ。

最低賃金1,500円は「劇薬」になる ── 必要なのは転嫁の強制力

政府は最低賃金を2020年代中に全国平均1,500円にする目標を掲げる。日本商工会議所の調査では、企業の約7割が「不可能」か「困難」と答えた。

問題は賃上げそのものではない。「転嫁なき賃上げ」という構造だ。

大企業は下請けへのコスト削減圧力を維持しつつ、自社の賃上げを進める。中小企業は原材料高・エネルギー高・人件費高のトリプルコストを価格に反映できず、利益を削って耐えている。体力が尽きた企業から順に倒産していく。

賃上げ持続の見通しが「立たない」企業は30.4%に達する。5%以上の賃上げを予定する企業の割合は35.5%で、前年の39.6%から4ポイント低下した。「賃上げ疲れ」は統計に明確に表れている。

最低賃金1,500円の目標自体は正しい。だが数字の引き上げだけでは「劇薬」になる。必要なのは、下請法の実効的な執行と大企業への価格転嫁義務化だ。中小企業が「値上げしても取引を切られない」環境がなければ、賃上げの果実が経済全体に行き渡ることはない。

日経6.3万円は大企業と株主にとっての好循環にすぎない。1,500円を掲げるなら、まず中小企業が生き残れる土俵を整えるべきだ。