改憲賛成68%でも動かない ── 9条改正を阻む"二重の壁"の正体
衆院は単独3分の2超、世論も賛成多数。それでも改憲が進まない構造的理由を、参院の議席数と世論調査の「温度差」から読み解く。
2026-05-08
68%
改憲賛成率(日経調査)
施行79年、改憲論議は「日程」の段階へ
2026年5月3日、日本国憲法は施行79年を迎えた。東京では改憲派と護憲派が例年通り集会を開いたが、今年の焦点は「改憲すべきか」ではなく、「いつ、どの条文を、どう変えるか」に移った。
高市早苗首相は4月12日の自民党大会で、憲法改正の国会発議について「1年以内にめどをつけたい」と述べ、2027年春までの発議を目標に掲げた。自民党案の柱は、9条2項の後に「9条の二」を新設し、「自衛隊を保持する」と明記することだ。
2月の衆院総選挙で自民党は316議席を得て、発議要件の3分の2に当たる310議席を単独で超えた。維新の会36議席を加えれば352議席となるが、参院165議席の壁と、国民投票で問われる世論の温度差が残る。
賛成68%の裏にある優先順位の低さ
世論調査では改憲への容認が広がる一方、優先順位は高くない。日経新聞が2025年10〜12月に実施した郵送調査では、「改正したほうがよい」が68%で7年連続の過半数、「改正しないほうがよい」は27%だった。読売新聞の4月調査でも、高市首相の発議目標を「評価する」は60%に上った。
しかし同じ日経調査で「政府が優先的に取り組むべき政策」を尋ねると、「憲法改正」は11%で最下位だった。上位は「物価対策」47%、「年金・医療・介護」37%で、改憲は反対ではないが急務でもないテーマといえる。
NHKの憲法記念日調査では「改正する必要がある」38%、「どちらともいえない」38%、「必要はない」20%。日経・テレビ東京の4月調査でも「期限を設けず議論すべき」が47%で最多、来春までの発議支持は28%にとどまった。
改憲タイムラインに対する世論
日経・テレビ東京世論調査(2026年4月24-26日)
参院165議席の壁と発議の算術
憲法改正の発議には、衆参両院でそれぞれ総議員の3分の2以上の賛成が必要だ。衆院では自民316議席に維新36議席を加えた352議席があり、必要数310を上回る。
問題は参院である。参議院の現員は247名、定数は248で、3分の2は165議席となる。自民党101議席と維新の会19議席を合わせても120議席にとどまり、参政党15議席、日本保守党2議席を加えても137議席で、発議ラインに28議席足りない。
国民民主党25議席が全面的に賛同しても137+25=162議席で、なお3議席不足する。残る協力先は公明党21議席、立憲民主党系40議席、無所属6議席であり、衆院での自民単独316議席の強さは、参院では発議の確実性に直結しない。
参議院 改憲スタンス別議席数(発議には165議席必要)
参議院会派別議席数(2026年5月8日現在)を基に分類
9条をめぐる各党の幅
各党の改憲姿勢は、単純な賛成・反対では整理できない。自民党は自衛隊明記、緊急事態対応、合区解消、教育充実の4項目を掲げ、当面は9条と緊急事態条項を優先する。維新も9条改正と緊急事態条項で歩調を合わせ、参政党は「護憲でも改憲でもなく創憲」を訴える。
中間に位置する国民民主党は、緊急事態条項には積極的だが、9条2項の扱いには党内に幅がある。自衛隊明記は支持しつつ、交戦権や集団的自衛権の範囲に踏み込む改正には慎重だ。
共産党、れいわ新選組、社民党は9条を戦後平和主義の根幹として護憲を堅持するが、参院での3党合計は14議席にとどまる。最大の不確定要素は中道改革連合で、旧立憲系40議席と公明系21議席、計61議席の行方が9条改正を左右する。
「改正0回」をどう見るか
日本国憲法が79年間一度も改正されていない事実は、国際比較では特徴的だ。国立国会図書館の調査によれば、1945年以降の主要国の憲法改正回数は、ドイツ67回、フランス27回、カナダ19回、イタリア19回、韓国9回、アメリカ6回である。日本は主要民主主義国で唯一の「0回」だ。
ただし、回数だけで単純比較はできない。ドイツはEU統合や連邦・州関係の調整、フランスはEU条約批准に伴う改正が多い。アメリカは末尾に修正条項を加える「増補方式」で、見かけの回数は少なくなる。
日本国憲法96条は、衆参両院の3分の2以上による発議と国民投票の過半数を要件とし、世界でも厳格な部類に入る。とはいえ、サイバー安全保障、AI規制、気候変動など1947年に想定されなかった課題が増える中、「0回」は検証すべきデータである。
主要国の戦後憲法改正回数
国立国会図書館「諸外国における戦後の憲法改正」第8版(2023年)
2027年前半に開く発議の窓
高市首相が掲げる2027年春の発議には、まず参院で165議席を確保する必要がある。与党と友党の137議席に国民民主党25議席を加えても162議席で、中道改革連合などから最低3議席の協力が必要だ。衆院では自民単独316議席が要件を超えるが、参院では超党派の合意形成が欠かせない。
次の条件は国民投票である。発議後は有効投票の過半数が必要で、改憲賛成68%には「改正してもよい」という消極的容認も含まれる。9条2項の後に「9条の二」を新設し、「自衛隊を保持する」と明記する案が争点になれば、賛否は動きうる。
日程上の制約も大きい。次回参議院選挙は2028年夏の予定で、選挙が近づけば慎重な議員の態度は硬化しやすい。実質的な窓は2027年前半までで、改正手続きが動くかは、参院165議席の算術と国民の優先順位が交差する地点で決まる。