「79年目の扉」── 緊急事態条項をめぐる改憲論議の行方
戦後一度も改正されなかった憲法に最大の転機。賛成37%・反対50%の世論を前に、与党は「緊急事態」から突破口を開けるか。
2026-05-07
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戦後の憲法改正回数
79年目の扉──憲法審査会が動き出した
戦後一度も改正されていない日本国憲法は、施行から79年を迎えた。2026年4月9日、衆議院憲法審査会は今国会で初の実質討議を行い、自民党の新藤義孝氏は「論点が整理されたテーマ」から改正条文起草を検討したいと提案した。
焦点は「緊急事態条項」の新設である。大規模災害や武力攻撃で選挙ができない場合の国会議員任期延長、内閣への緊急政令権付与まで幅がある。自民党は日本維新の会、参政党、チームみらいとの協力も視野に入れ、衆議院では改憲勢力が最大406議席となり、発議に必要な310議席を上回る可能性がある。
ただし参議院の要件と国民投票が残る。改正回数0回という歴史は、数の優位だけでは動かない。
緊急事態条項とは何か──任期延長から政令権まで
緊急事態条項をめぐる各党の立場は分かれる。最も限定的な案は、国会議員の任期延長に絞るものだ。大規模災害や武力攻撃で選挙が実施できない場合、現職議員の任期を一定期間延ばし、国会機能を維持する。国民民主党はこの立場に近い。
一方、自民党と日本維新の会の構想は広い。任期延長に加え、内閣に一時的な緊急政令権を与え、国民の権利を一定程度制約できる仕組みを想定する。有事の迅速な意思決定に役立つとの見方がある一方、政府への白紙委任につながるとの懸念も強い。
共産党の赤嶺政賢氏は、緊急事態を理由に政府へ権力を集中させる動きだと警戒する。中道改革連合も、現行法制で相当程度対応できるとの立場を崩していない。
世界の中の日本国憲法──改正ゼロの異例と評価
日本国憲法が1947年の施行以来、一度も改正されていないことは国際的にも珍しい。国立国会図書館の2023年調査では、1945年以降の主要国の憲法改正回数は、ドイツ67回、フランス27回、イタリア16回、カナダ11回、アメリカ6回で、日本は0回にとどまる。
ただし、回数だけで柔軟性は測れない。ドイツの基本法は連邦と州の権限配分を細かく定め、制度変更のたびに改正が必要になりやすい。フランスも大統領制の変遷に伴って改正を重ねた。日本では法律で対応してきた領域が多く、改正ゼロが直ちに硬直性を意味するわけではない。
一方、衆参両院の総議員の3分の2以上と国民投票の過半数という二重要件は高い壁だ。
主要国の戦後憲法改正回数(1945〜2023年)
出典:国立国会図書館「諸外国における戦後の憲法改正【第8版】」(2023年)
割れる世論──賛成37%、反対50%の重み
国会で議論が進む一方、世論は慎重になっている。日本経済新聞とテレビ東京が2025年4月に実施した調査では、緊急事態条項を憲法に明記することへの賛成は37%、反対は50%だった。反対が賛成を13ポイント上回る。
2024年5月の調査では賛成43%、反対39%で、賛成が上回っていた。1年で賛否が逆転した背景には、緊急事態条項の具体像が伝わるにつれ、政府への権限集中に対する警戒感が高まったことがある。
自民党支持層でも賛否が拮抗しており、「改憲は保守層の悲願」という単純な構図は揺らぐ。発議には国会で3分の2以上、最終的には国民投票で過半数が必要で、現状のまま進めば否決の可能性も小さくない。
「緊急事態条項」への賛否の推移
出典:日本経済新聞・テレビ東京合同世論調査(各年実施)
発議への道──3分の2の算術と参院の壁
衆議院だけを見れば、改憲発議の条件は整いつつある。自民党316議席、日本維新の会36議席、参政党15議席、チームみらい11議席はいずれも改憲推進の立場だ。条件付きで前向きな国民民主党28議席を加えると最大406議席となり、衆議院の発議要件310議席を大きく超える。
しかし壁は参議院にある。参議院でも総議員248名の3分の2にあたる166議席以上の賛成が必要だが、自民党の基盤は衆議院ほど強くない。中道改革連合も一定の勢力を持ち、國重徹氏は改正の必要性を認めつつ、与党主導の条文起草には慎重だ。
仮に衆参で発議できても、国民投票が残る。日本は憲法改正の国民投票を一度も経験しておらず、2026年度中の発議目標には参院の壁と世論の慎重さが重くのしかかる。
衆議院における改憲関連各党の議席数
出典:2026年5月時点の衆議院議席数(発議には310議席以上が必要)