「エンゲル係数28.8%」の警告 ── 賃上げ5%が届かない食卓
食費は名目+5.5%増なのに食べる量は-1.2%減。1981年以来45年ぶりの水準が映す「逆行する豊かさ」
2026-05-31
28.8%
エンゲル係数(2025年度)
エンゲル係数28.8% ── 45年ぶりの水準が問いかけるもの
2025年度、二人以上世帯のエンゲル係数が28.8%に達した。 1981年以来、実に45年ぶりの水準だ。
エンゲル係数とは消費支出に占める食費の割合。この数値が高いほど生活にゆとりがないとされる。
ただし同じ28.8%でも、1981年と2025年では意味がまるで違う。
1981年は高度成長の余韻が残る時代。所得は右肩上がりで、エンゲル係数は「まだ途上にある」ことを示していた。その後、日本は豊かになり2005年には22.9%まで低下した。
2025年の28.8%は逆方向の到達点だ。一度22.9%まで下がった係数が20年かけて元に戻った。「豊かになった国が逆行している」——これが今の日本の姿になる。
これは一時的なインフレの問題ではない。賃上げ5%超でも手取りが増えず、社会保険料と物価が可処分所得を侵食し続ける構造問題だ。
エンゲル係数の推移(二人以上世帯)
総務省「家計調査」
「食べる量を減らしても食費が増える」逆説
2025年の家計調査が突きつけるデータは残酷だ。
二人以上世帯の食料支出は月額94,895円。前年比で名目+5.5%の増加だが、物価変動を除いた実質では-1.2%の減少になる。
「買う量は減っているのに、支払い額だけが膨らんでいる」。
食料品のCPIは前年比+6.8%。CPI総合の+3.2%と比べて倍以上の上昇率だ。個別品目を見ると凄まじさがわかる。
- 果実ジュース: +29.3%
- 米類: +27.7%
- キャベツ: +26.2%
主食のコメが3割近く値上がりした。代替のパンに切り替えても、小麦も国際価格に連動して上がる。
食料は「削れない消費」だ。外食を減らし、惣菜を手作りに変え、安い食材を選ぶ——消費者はあらゆる工夫をしている。それでも名目の支出額は増え続ける。
食費に圧迫された家計は他の支出を切り詰めるしかない。エンゲル係数の上昇は食費の「増加」ではなく、食費以外の「圧縮」を映している。
主要食料品の価格上昇率(2025年)
総務省「消費者物価指数」
賃上げ5.26%が「蒸発」する構造
「春闘5%超の賃上げが3年連続で実現」——見出しだけなら、労働者は豊かになっているはずだ。
現実は違う。2025年の実質賃金は前年比-1.3%で、4年連続のマイナスだった。
名目5.26%の賃上げが手取りに届くまでに、約4%が「蒸発」する。内訳はこうだ。
- 物価上昇に吸収: 約3.0%
- 社会保険料増に吸収: 約0.5%
- 税負担増(ブラケットクリープ含む): 約0.3%
- 子ども・子育て支援金: 約0.1%
手取りに残るのは推計+1.3%程度。中小企業ではさらに厳しい。
企業側も限界に近い。人件費の価格転嫁率はわずか32.0%で原材料費の48.2%より低い。賃上げしても売上に反映できず、人件費高騰倒産は前年度比77.2%増の195件に急増した。
国際比較が深刻さを浮き彫りにする。1991年を起点にした名目賃金の伸びは、日本がわずか+3%。韓国は5.5倍、米国は2.69倍だ。
30年で3%しか名目賃金が増えなかった国で、物価だけが先進国並みに上がっている。エンゲル係数の上昇はこの構造の必然的帰結になる。
賃上げ5.26%の「蒸発」内訳
厚生労働省「毎月勤労統計」ほか各種推計
「削られる消費」の地図 ── 都市部ほど深刻
家計は食費の圧迫にどう対応しているか。2025年の家計調査から消費の「変形」が見える。
10大費目のうち実質で減少した4費目がこれだ。
- 食料: -1.2%(量を減らして対応)
- 被服及び履物(新しい服を買わない)
- 家具・家事用品(買い替えを先送り)
- その他の消費支出(交際費等を圧縮)
一方、交通・通信、教養娯楽、教育、光熱・水道、保健医療、住居の6費目は実質で増加した。
注目すべきは地域差だ。都道府県庁所在市別で大阪市のエンゲル係数は32.9%に達した。全国平均を4ポイントも上回る。47市中28市が2000年以降の最高値を更新している。
都市部ほど数値が高い傾向は、家賃や光熱費の高い大都市で食費圧迫がより深刻なことを示す。
食料と被服が同時に実質減少するのは深刻なサインだ。「食べることと着ること」すら節約対象になっている。これはもはや「節約」ではなく「耐乏」と呼ぶべき状態だ。
「手取り」を増やさなければ何も変わらない
エンゲル係数の上昇を止めるには賃上げだけでは足りない。
春闘で5%超の賃上げが実現しても、物価・社会保険料・税がその果実を吸収する構造が変わらない限り、可処分所得は増えない。
さらに食料自給率38%の日本は国際食料市場と為替に構造的に依存している。中東情勢の不安定化→原油高→輸送費増→食品値上げの連鎖は今後も繰り返される。高市首相が5月に表明した3兆円強の補正予算も電気・ガス補助が中心で、食料品価格への直接対策は限られる。
打つべき手は3つある。
- 社会保険料の上昇抑制: 可処分所得を守る最も直接的な手段
- 食料の国内供給基盤強化: 為替と国際市場への依存度を下げる
- 所得税の実効減税: ブラケットクリープの補正を含む
賃上げ5%は企業と労組の努力の成果だ。だが政府が「手取りを増やす仕組み」を整えなければ、その果実はすべて蒸発する。
2025年度の28.8%は、1981年に記録した数字への「帰還」だ。45年かけて一周した日本の家計の姿を、私たちは直視すべきだ。