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FOIP10年目の大転換 ── 高市「経済安保外交」が問う中国依存の臨界点

FOIP10年目の大転換 ── 高市「経済安保外交」が問う中国依存の臨界点

レアアース精製の91.7%を握る中国、対ASEAN投資4.2兆円──「自由で開かれたインド太平洋」は理念から実利へ

2026-05-02

62.9%

レアアース対中依存度

FOIP10年目の転換──ハノイ演説が示した3つの柱

2026年5月2日、高市早苗首相はベトナム・ハノイ大学で外交演説を行い、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の進化を宣言した。安倍晋三元首相が2016年に提唱してから10年、FOIPは法の支配や航行の自由を掲げる理念型から、経済安全保障を重視する実務型へ重心を移している。

演説の柱は、①サプライチェーンの強靭化、②経済秩序を守るルール共有、③経済安全保障の推進である。背景には、中国が2023年8月のガリウム・ゲルマニウム、2024年8月のアンチモン、2025年4月のサマリウムなど7種のレアアース製品へ輸出規制を広げたことがある。

高市首相は「単一国への過度な依存からの脱却」と「レジリエンス(回復力)の獲得」を訴えた。米中対立とホルムズ海峡危機が重なる中、日本外交は価値観の共有に加え、経済的な生存戦略を前面に出す段階に入った。

レアアース62.9%の攻防──脱・中国の成果と限界

FOIPの経済安保シフトを支える最大の根拠は、重要鉱物での中国依存である。日本のレアアース輸入に占める中国の割合は、2010年の89.8%から2024年には62.9%へ低下し、約27ポイント改善した。

これは2010年の「レアアース・ショック」以降、オーストラリアやベトナムからの調達多角化、都市鉱山のリサイクル技術開発を進めた成果といえる。ただし、輸入先を分散してもリスクは消えない。精製工程では中国がレアアースで世界の91.7%、コバルトで78%を占め、加工段階の依存が残る。

さらに酸化ランタンの対中依存度は100%、酸化イットリウムは94%で、特定元素では独占に近い状態が続く。IEAは2040年にリチウム需要が2020年比12.8倍、コバルト6.4倍、レアアース3.4倍に拡大すると予測しており、需要増と供給集中は日本産業の制約になり得る。

重要鉱物サプライチェーンの中国集中度(2024年)

経済産業省 / IEA

貿易構造の地殻変動──インド太平洋パートナーの浮上

経済安保外交としてFOIPを機能させるには、インド太平洋地域との貿易・投資をどこまで深められるかが問われる。2024年の日本の貿易相手国では中国が20.2%で首位だが、オーストラリアは6.4%で3位、タイは3.6%、ベトナムとインドネシアは各2.7%だった。

ASEANと豪州を合わせると15%超となり、中国一極集中からの分散は一定程度進んでいる。投資面でも、2024年の日本の対ASEAN直接投資は前年比49.4%増の4兆2,487億円に達し、「チャイナプラスワン」の加速を示した。

ベトナムは製造業移転の受け皿であり、IT人材の供給拠点としても日本企業の進出先になっている。ただし、中国との貿易総額は約44兆円で、ASEAN全体の約33兆円をなお上回る。FOIPの狙いは単純な「脱・中国」ではなく、中国リスクのヘッジである。

日本の貿易に占めるインド太平洋諸国の割合(2024年)

財務省貿易統計

なぜベトナムと豪州なのか──2カ国歴訪の戦略的計算

高市首相が就任後初の本格歴訪先にベトナムとオーストラリアを選んだことには、経済安保上の明確な意味がある。ベトナムは世界第2位、推定2,200万トンのレアアース埋蔵量を持ち、採掘・精製技術の移転が進めば、中国依存を構造的に下げる可能性がある。

南シナ海の領有権を巡って中国と対立するベトナムは、安全保障面でもFOIPの重要な相手である。高市首相はハノイでの首脳会談でレアアース供給連携を議題にし、経済と安保を結びつける「二正面連携」の具体化に踏み込んだ。

一方、オーストラリアは鉄鉱石、LNG、リチウムの資源供給国であり、ファイブ・アイズの一角として情報面の連携も深い。共同宣言では経済安保協力の深化が調整され、重要鉱物サプライチェーンでの日豪協力強化が見込まれる。

750億ドルの約束──FOIPは実装へ移れるか

FOIPの実効性を測る指標が、2023年に岸田前首相が掲げた「2030年までにインド太平洋地域へ官民750億ドル以上を動員する」という目標である。対象はインフラ整備、デジタル接続性、クリーンエネルギー導入支援など幅広い。

ただし、日本の財政余力は限られる。ODA予算は1997年のピーク時1兆1,687億円から約半分に縮小し、2024年のODA実績も168億ドルで前年比7.8%減だった。750億ドル達成には民間資金が不可欠だが、回収見通しが不透明な案件に慎重になるのは自然である。

中国の一帯一路によるインフラ投資は累計で数千億ドル規模に達し、日本が量で競うのは現実的ではない。日本の強みは、透明性、債務持続可能性、環境配慮を重視する「質の高いインフラ」にある。レアアース精製91.7%という中国の優位を前に、750億ドル計画と3つの柱が成果を出せるかが今後2〜3年を左右する。