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「75%が不支持」でも沈黙する政府 ── イラン危機が暴く日本外交の「自律性」問題

「75%が不支持」でも沈黙する政府 ── イラン危機が暴く日本外交の「自律性」問題

同盟の論理と民意の乖離、中東依存95%の現実が突きつける外交の限界

2026-03-26

「75%が不支持」でも沈黙する政府 ── イラン危機が暴く日本外交の「自律性」問題 - 全体像

82%

イラン攻撃「不支持」(朝日新聞調査)

82%の不支持が示した軍事行動への拒絶

2026年2月28日、米国とイスラエルはイランへの軍事攻撃を開始し、首都テヘランを含む複数都市が空爆された。翌3月1日にはイラン国営メディアが最高指導者ハメネイ師の死亡を伝え、トランプ大統領は攻撃が「4〜5週間に及ぶ可能性がある」と述べた。日本の世論は直ちに反応した。朝日新聞が3月14〜15日に電話方式で実施した全国世論調査では、米国のイラン攻撃を「支持しない」が82%、「支持する」は9%。時事通信が3月12日に公表した調査でも「支持しない」75.1%、「支持する」7.0%、「どちらとも言えない・わからない」17.8%だった。2003年のイラク戦争開戦直後の朝日新聞調査では、米国の軍事行動を「支持しない」59%、「支持する」31%であり、今回は不支持が20ポイント以上高い。時事通信調査では、自民党支持層の69.9%、日本維新の会支持層の71.4%、中道改革連合支持層の83.3%、国民民主党支持層の75.0%、高市内閣支持層の71.3%が不支持と答えた。チキラボの緊急意識調査でも、米国から中東への自衛隊派遣を求められた場合「日本政府は拒否すべきだ」に「とてもそう思う」「ややそう思う」が計59.7%に達した。反対は反米感情や左右対立に限られず、軍事行動そのものへの警戒として広がっている。

イラン攻撃に対する世論:2003年イラク戦争との比較

出典:朝日新聞世論調査(2003年3月・2026年3月)

法的評価を避ける政府の沈黙外交

圧倒的な不支持にもかかわらず、高市政権は米・イスラエルによるイラン攻撃の法的評価を避けている。国際法の専門家やメディアからは、国連憲章に違反する先制攻撃ではないかとの指摘が出たが、政府は「詳細な事実関係を把握できない」として国際法上の判断を示していない。朝日新聞の世論調査では、法的評価を明らかにしない高市首相の姿勢を「評価しない」が51%で、「評価する」34%を上回った。3月9日の衆院予算委員会で首相は、自衛隊による米軍への後方支援について、現状では「重要影響事態」の認定要件を満たしていないとの認識を示した。米軍の行動が同事態の前提となる「外国の軍隊」に当たらないという法解釈である。政府は「支援しない」と断言するのではなく、「要件を満たさない」と説明し、同盟国への配慮と国内世論への対応を両立させようとした。3月19日の日米首脳会談で高市首相はトランプ大統領に「日本は周辺国に対する攻撃や、ホルムズ海峡の実質的な閉鎖を非難してきた」と伝えた。ただし非難の対象はイランの行動であり、米・イスラエルの攻撃そのものではない。この姿勢は野党や市民団体から「二重基準だ」と批判された。一方で首相は「早期沈静化の必要性」や世界のエネルギーマーケットを落ち着かせる提案も伝え、政府関係者は会談を「成功裏に終了した」と評した。

原油95%、邦人1万人が縛る中東外交

日本がイラン危機で慎重にならざるを得ない最大の要因はエネルギー安全保障である。資源エネルギー庁の石油統計によれば、2025年の日本の原油輸入における中東依存度は93.5%、2026年1月には95.1%に上昇した。国別ではUAEが42.3%で最大、サウジアラビアが39.8%、クウェートが6.0%、カタールが4.1%と続き、上位4カ国だけで92.2%を占める。これらの原油はいずれも、イランが一時閉鎖を試みたホルムズ海峡を通過する。同海峡を通る原油は世界の石油消費量の約2割に相当する。UAEは2023年度に、20年間首位だったサウジアラビアを抜いて日本最大の原油供給国となった。背景には、アブダビ首長国で日本企業が保有する海上・陸上油田の権益があり、UAEは単なる供給国ではなく日本のエネルギー戦略上の重要なパートナーである。大和総研が3月18日に公表した試算では、WTI原油価格が120ドル/バレルで推移した場合、2026年度の日本の実質GDP成長率は0.5ポイント押し下げられる。WTI150ドル/バレルに達し、ホルムズ海峡周辺国からの原油・LNG輸入が10%減少すれば、押し下げ幅は2.0ポイントとなり、マイナス成長に転落する可能性がある。石油備蓄は2025年12月末時点で国家備蓄146日分、民間備蓄101日分、産油国共同備蓄7日分の計254日分あるが、長期危機には限界がある。外務省の「海外在留邦人数調査統計」では、2025年10月時点の中東在留邦人は1万646人で、退避支援の遅れも批判された。

日本の原油輸入先(2025年通年)

出典:資源エネルギー庁「石油統計速報」

同盟の論理と自律の論理に揺れる国内政治

イラン危機は国内政治にも波及している。自民党内には、対米協調を重視する「同盟重視派」と、日本独自の中東外交を重んじる「自律派」の温度差がある。高市首相は就任前から「自主防衛」「毅然たる外交」を掲げてきたが、就任後初の大きな外交危機では、その「自主」をどこまで貫くのかが問われた。実際には、対米協調と世論への配慮の間で踏み込みきれない姿が目立つ。連立パートナーである日本維新の会の支持層でも71.4%がイラン攻撃を不支持としており、与党として一体的な対外メッセージを作ることは容易ではない。野党側も対応は分かれる。中道改革連合は「国際法に基づく秩序の維持」を掲げ、政府の法的評価回避を批判した。同党支持層では83.3%がイラン攻撃を不支持としており、政権批判の軸に据える構えだ。国民民主党は「エネルギー安全保障と邦人保護の即座の対策」を求め、実務面を重視した。共産党の田村智子委員長は、米国にイラン攻撃の中止を求めることや自衛隊の中東派遣を行わないことなど4項目を高市首相に緊急要請した。ピースボートなど20の市民団体も「国際法の遵守と即時停戦」を求める要請書を提出している。min-i nowの最新調査では、高市内閣の支持率は23.6%、不支持率は42.4%。自民党は支持率22.8%、不支持率42.4%、日本維新の会は支持率14.7%、不支持率52.3%と厳しい。一方、中道改革連合は支持率11.3%、不支持率8.1%にとどまる。イラン危機への対応は、参院で過半数割れする与党の国会運営にも影響する。

政党支持層別「イラン攻撃不支持」率

出典:時事通信世論調査(2026年3月)

イラクからイランへ、日本外交の自律性を問う

2003年のイラク戦争と2026年のイラン危機を比べると、日本外交の変化と限界が浮かぶ。23年前、小泉純一郎首相はイラク戦争支持を早期に表明し、その後の自衛隊イラク派遣につなげた。当時の朝日新聞調査では「支持しない」59%、「支持する」31%で、世論は二分されていた。今回は「不支持」82%、「支持」9%であり、軍事行動への拒否感ははるかに強い。背景には、まず大量破壊兵器という開戦理由が後に疑われたイラク戦争の記憶がある。米国主導の軍事行動への信頼は大きく損なわれた。次に、SNSやネットメディアの普及により、現地の映像や情報がリアルタイムで共有されるようになった。さらにイランは、イラクのフセイン政権とは異なり、日本と一定の友好関係を保ってきた国だという認識もある。2019年の安倍首相によるイラン訪問の記憶も残る。一方で、日本政府が米国の軍事行動を明確に批判しにくい構造は変わらない。日米安全保障条約に基づく同盟は日本の安全保障の基軸であり、中国の軍事的台頭、北朝鮮の核・ミサイル開発、台湾海峡の緊張を考えれば、米国との関係は一層重要である。「イラン攻撃は支持できないが、同盟は壊せない」という矛盾の中で、日本外交はナローパスを進むしかない。トランプ大統領は5月中旬の訪中を予定しているとされ、イラン軍事作戦で一時延期されたものの、米中がイラン問題をめぐって利害調整を進める可能性もある。日本が同盟国でありながら置き去りにされるリスクもある。外交の自律性とは、米国に単に「ノー」と言うことではなく、多極化する国際秩序の中で国益を定義し、独自の外交チャネルと戦略を持つことである。イラン危機は、戦後80年を迎える日本外交の自律性を問い直している。