「日本版CIA」始動 ── 国家情報局が問う「情報なき安全保障」の終焉
衆院通過、与野党8党が賛成。先進国最低水準のインテリジェンス予算は変わるのか。
2026-04-25

2.5%
日本のインテリジェンス対防衛費比(先進国最低水準)
衆院通過が示す戦後インテリジェンスの構造転換
2026年4月23日、「国家情報会議設置法案」は衆議院本会議を賛成多数で通過した。法案は、内閣総理大臣を議長とする国家情報会議を創設し、事務局として国家情報局を置く内容である。内閣情報調査室、いわゆる内調を格上げし、防衛省情報本部、警察庁警備局、公安調査庁など各省庁に分散してきた情報収集・分析機能に総合調整権を及ぼす点に意味がある。戦後80年余り、日本は先進国としては異例なほど統合的な情報機関を持たず、縦割りによる情報共有の遅れを抱えてきた。2013年設置の国家安全保障会議(NSC)は外交・安全保障の司令塔となったが、その判断を支える情報基盤は十分に再編されていなかった。賛成は自民党316議席、日本維新の会36議席に加え、中道改革連合49議席、国民民主党28議席、参政党15議席、チームみらい11議席などに広がり、反対は共産党やれいわ新選組などに限られた。中国の軍事的台頭、北朝鮮のミサイル開発、ホルムズ海峡をめぐる緊張、サイバー脅威への危機感が背景にある。参院で与党は過半数を持たないが、政府は7月の発足を目指す。
国家情報局で何が変わるのか
国家情報会議は首相が議長となり、安全保障やテロリズムに関する重要情報活動を調査・審議し、外国勢力による影響工作への対処方針も扱う。事務局の国家情報局では、現行の内閣情報官ポストを国家情報局長に格上げし、国家安全保障局長と同格に位置づける。局長には各省庁の情報を束ねる総合調整権が与えられ、従来のお願いベースの共有から、制度的な裏付けを持つ一元的な調整へ移る。内調は内閣官房の一部門にとどまり、他省庁の情報機関に対する指揮権や総合調整権を持たなかったため、情報が省庁内に滞留し、首相や官房長官に届くまでの遅れや、都合のよい分析だけが上がる「つまみ食い」が問題視されてきた。新局には、こうした欠陥を是正し、経済安全保障分野の情報収集を強める役割も期待され、小野田紀美経済安全保障担当大臣との連携も見込まれる。一方、衆院内閣委員会はプライバシー保護への十分な配慮を求める付帯決議を採択した。選挙に関する情報収集や、特定政党に有利・不利となる活動は禁止される。政治的中立性と独立監視の実効性は、今後も審議の焦点となる。
数字で見る日本の情報格差
国家情報局設置が歴史的とされるのは、日本の情報体制が先進国の中で小さいためである。米国のインテリジェンス・コミュニティ全体の年間予算は約730億ドル、約11兆円で、人員は約20万人、国防予算の約12%を情報活動に投じる。英国はMI5、MI6、GCHQなどを擁し、予算は国防費の約10%に相当する約3,000億円、人員は約1万6,000人。イスラエルもモサドやシン・ベトを含む情報コミュニティが国防費の約10%を充てるとされる。フランスのDGSE中心の情報予算は国防費の約4%、ドイツのBNDは約3.3%である。これに対し、日本のインテリジェンス関連予算は推定1,500億円未満、人員は5,000人未満、対防衛費比は2〜3%、ヒーロー数値で示される2.5%にとどまる。GDP世界第4位の経済大国としては投資規模が小さく、米国の20万人体制と比べると人員は40分の1以下である。特に弱いとされるのは人的情報収集(HUMINT)で、衛星画像解析や通信傍受などSIGINT・IMINTには一定の蓄積がある一方、現地人員による直接収集では欧米やイスラエルに後れる。邦人保護、先端技術流出、サイバー攻撃初動、中東情勢緊迫時のエネルギー安全保障で情報分析力不足が指摘されてきた。
各国インテリジェンス予算の対防衛費比
出典:各国政府公表資料・IISS Military Balance等より推計
超党派合意の背景と民主的統制の課題
政治面で目立つのは、与党だけでなく多くの野党が賛成に回った点である。最新の世論調査データでは、賛成した主要政党の支持率は自民党31.8%、日本維新の会14.1%、中道改革連合14.7%、国民民主党11.9%、参政党12.3%で、支持率ベースでは合計8割超の政党が法案を支える形となった。高市内閣の支持率は29.2%にとどまるが、この法案では政権評価を超えた支持が形成された。自民・維新にとっては連立合意の中核であり、高市政権の看板政策である。中道改革連合はプライバシー保護の付帯決議を評価し、国民民主党は独自のスパイ防止法案を提出するなどさらに踏み込んだ姿勢を示す。参政党も安全保障強化の観点から早期成立を求めてきた。一方、共産党は支持率6.6%、不支持率28.0%の中で、「国民の思想・信条にまで踏み込み、言論弾圧につながる危険がある」と批判する。日本弁護士連合会も2026年2月、憲法上の人権侵害につながる可能性があり慎重審議が必要だとする意見書を公表した。付帯決議は政治的中立性とプライバシー配慮を求めたが、英国の情報コミッショナーや米国の情報監察官(Inspector General)のような第三者監視機関の設置には踏み込んでいない。権限拡大と市民の自由をどう両立させるかが最大の論点である。
スパイ防止法制定への世論
出典:KSI政策研究所(2025年12月、全国18歳以上1,000人対象)
次の焦点はスパイ防止法と情報主権
国家情報局の設置は、高市政権が掲げるインテリジェンス強化の第一段階と位置づけられる。第二段階として、政府は今夏以降、スパイ防止法、すなわち反スパイ法の検討に本格着手する方針である。夏にも外国のスパイ防止法制に関する有識者検討会を設け、秋の臨時国会への関連法案提出を目指すとされる。KSI政策研究所が2025年12月に全国18歳以上1,000人を対象に実施した意識調査では、スパイ防止法制定に賛成62.5%、反対16.9%、わからない20.6%だった。40代以上では6割超が賛成する一方、10〜20代は3割台にとどまり、世代間の安全保障観の差も示された。ただし、国家情報局以上に論点は重い。1985年に自民党が提出した国家秘密法案は世論の強い反発で廃案となった。秘密の範囲の曖昧さ、報道の自由、内部告発者保護、監視社会への不安は、40年前から本質的に残る課題である。Human Rights Watchも2025年12月、新たなスパイ防止法は人権を尊重すべきだと声明を出した。安全保障環境が厳しさを増し、ファイブ・アイズ(米英豪加NZ)との情報共有深化が求められる一方、監視国家化への懸念にも向き合う必要がある。国家情報局は終点ではなく、民主主義と安全保障の両立を問う出発点である。