48日連勤がまだ合法。労働基準法の40年ぶり改正はなぜ見送られたか
勤務間インターバル導入率5.7%、過労死等の労災認定は過去最多の1,304件。テレワーク・副業が常態化した社会で、1987年設計の「工場型・時間管理」が機能しなくなっている
2026-06-12
5.7%
勤務間インターバル導入率
見送られた「40年ぶり」
労働基準法の大幅な見直しが検討されている。 前回の大改正は1987年。週48時間制から週40時間制への段階的移行やフレックスタイム制の導入を決めた改正だった。
あれから約40年。厚生労働省の労働基準関係法制研究会が2024年から議論を重ね、以下の改正項目をまとめた。
- 勤務間インターバル制度の義務化(終業から始業まで11時間の休息確保)
- 連続勤務の上限規制(14日以上の連勤禁止)
- 副業・兼業の割増賃金通算ルール見直し
- 「つながらない権利」のガイドライン策定
- テレワーク向け部分的フレックスタイム制の整備
- 法定休日の特定義務化
- 上場企業への労働時間情報の開示義務
だが2026年通常国会への法案提出は見送られた。 官邸の労働市場改革分科会と厚労省の研究会、二つのラインで議論が並走したことで論点が拡散し、集約が間に合わなかった。 2027年以降の段階的施行が、現時点の見通しだ。
1987年設計の「時間と場所」
なぜ改正が難航するのか。 現行法の設計思想に立ち返る必要がある。
1947年に制定された労基法は、工場での集団労働を前提にしている。「何時に出社し、何時に退社したか」。管理の軸は時間と場所だ。
1987年の改正もこの枠組みを維持したまま、労働時間の上限を引き下げた。当時の背景は、日本の長時間労働が「ソーシャル・ダンピング」だと国際的に批判されたことだった。
だが2026年の職場は様変わりしている。
- テレワーク導入企業:47.3%(総務省・令和6年通信利用動向調査)
- テレワーク実施率:首都圏27.2%、全国15.6%(国土交通省)
- 副業をしている労働者:約9.7%
自宅で夜10時にメールを返す。本業の合間に副業のオンライン会議に出る。 こうした労働を「何時にどこで」という枠だけでは捕捉できない。
フランスは2017年に「つながらない権利」を法制化した。 日本の改正案ではガイドラインの策定にとどまり、法的拘束力を持たせるかは今後の論点だ。
テレワーク実施率(地域別)
国土交通省「令和6年度テレワーク人口実態調査」
導入率5.7%が映すギャップ
制度の遅れを象徴するデータがある。 勤務間インターバル制度の導入率だ。
終業から翌日の始業まで一定時間の休息を確保するこの仕組みは、EUでは11時間が標準となっている。 日本政府は「2025年までに導入率15%」を目標に掲げた。
結果は5.7%。目標の3分の1にとどまった。
企業規模別に見ると格差は明確だ。
- 1,000人以上:16.1%
- 300〜999人:7.4%
- 100〜299人:7.0%
- 30〜99人:4.8%
大企業でも6社に1社。中小企業では20社に1社にすぎない。 「制度を知らなかった」と回答した企業の割合を5%未満にするという別の目標も未達に終わっている。
さらに現行制度では、4週4休の特例を使えば理論上48日間の連続勤務が合法になる。 改正案は「14日以上の連勤禁止」を盛り込んでいるが、まだ法律にはなっていない。 制度が「努力義務」にとどまる限り、導入率が大きく動く見込みは薄い。
勤務間インターバル導入率(企業規模別)
厚生労働省「就労条件総合調査」(2024年)
過労死1,304件の内訳が変わった
制度が止まっている間に、数字は動いている。
2024年度の過労死等による労災認定は1,304件。 前年度から196件増え、過去最多を更新した。 労災請求件数は4,810件で、こちらも前年度比212件の増加だ。
認定の内訳に注目したい。
- 精神障害による認定:1,057件(初の1,000件超え)
- 脳・心臓疾患による認定:247件
- うち自殺・自殺未遂:89件
かつて過労死の典型は長時間の肉体労働だった。 だが現在は精神障害が全体の約81%を占める。
パワハラや業務時間外の連絡など、「時間の境界がない」働き方が背景にある。 テレワークやチャットツールの普及で、退勤後も仕事の通知を受け取り続ける「隠れ残業」が常態化しつつある。
これは労働時間の「長さ」だけでなく「区切りのなさ」が問題であることを、数字が裏づけている。
過労死等の労災認定内訳(2024年度)
厚生労働省
改正を遅らせるもの
改正が滞る要因は、労使双方にある。
使用者側は、勤務間インターバルの一律義務化に対し「業種ごとの実態に合わない」と主張する。 宿泊・飲食業などは繁忙期の連続勤務規制を懸念し、「労使合意による例外」を求めている。
一方、労働者側も副業の割増賃金通算ルール見直しには慎重だ。 現行ルールでは複数の職場の労働時間を通算して割増賃金を計算する。これを「自社分のみ」に変えれば企業の負担は減るが、総労働時間の歯止めを失うリスクがある。
つまり「現行の枠組みを大きく変えない方が安全」という判断が双方に働いている。
しかし1987年の改正でも、週40時間制の完全実施には法改正から7年を要した。 仮に2027年に法案が成立しても、制度が届くのは2030年代になりうる。
副業者比率は上昇を続け、テレワーク導入企業は半数に迫っている。 法律が想定していない働き方で、すでに多くの人が働いている。
1987年の改正は、日本の長時間労働への国際的批判が後押しした。 40年後の今、過去最多の労災認定件数が次の改正を動かす材料になるかどうかは、2027年の国会に委ねられている。