マイナ保険証の利用率が50%で頭打ち。85歳以上は24%にとどまる
紙の保険証廃止から1年半、利用率は26%→50%に倍増した。だが85歳以上は24%、地域間差は20ポイント超。「使える人は全員動いた後」の壁は、制度設計そのものにある
2026-06-15
49.89%
マイナ保険証 利用率(2026年2月)
「26%→50%」── 急カーブとその先の減速
紙の健康保険証の新規発行が停止されたのは2024年12月だ。それ以降、マイナ保険証の利用率は急上昇を始めた。
厚生労働省のデータによると、2025年2月の利用率は26.62%。同年11月に39.24%、12月には47.73%に達した。
前月比+8.49ポイントという12月の急伸には理由がある。従来の保険証がこの時期に有効期限を迎え、「使わざるを得ない」状態が一気に広がったのだ。
だが2026年2月の最新値は49.89%。12月からの2か月で、上昇幅はわずか2ポイントにとどまった。カーブは50%手前で明らかに傾きが緩んでいる。
この減速パターンは、利用率の中身が変わったことを示している。「紙がなくなったから仕方なく乗り換えた層」は、ほぼ全員が移行を終えた。50%を超えるために必要なのは「乗り換えたくても乗り換えられない層」を動かすことだ。
制度変更という外圧だけでは、もう届かない領域に入っている。
マイナ保険証 利用率の推移
厚生労働省
85歳以上「24%」── 年齢で切れるデジタルの境界線
年齢階層別のデータを見ると、壁の内側にいるのが誰かが浮かぶ。
- 全年齢平均: 49.89%
- 70〜74歳: 約48%
- 85歳以上: 約24%
70代前半で全体平均をわずかに下回り、85歳以上では4人に1人しか使っていない。
原因は「使う気がない」ではなく「使う手段がない」に近い。マイナ保険証の利用には、医療機関の窓口でカードリーダーに載せ、顔認証か暗証番号の入力が求められる。暗証番号を3回間違えると利用停止になり、解除には市区町村の窓口に出向かなければならない。
介護施設ではさらに別の壁が立ちはだかる。入所者のカードを施設が保管してよいのか。暗証番号の代理入力は認められるのか。個人情報の管理責任が曖昧なまま、現場だけが判断を迫られている。
福岡県歯科医保険協会の調査では、152医院のうち73%がマイナ保険証関連のシステム不具合を経験したと回答した。他人の保険情報が表示される誤紐付けや、資格情報が正しく反映されずに10割負担を求められるケースも報告されている。利用者だけでなく、受け入れ側にも摩擦は残る。
富山76%、沖縄52% ── 同じ制度で24ポイント差
地域による差も大きい。都道府県別の利用率データを見ると、上位と下位で明確な溝がある。
- 富山県: 約76%
- 宮崎県: 約73%
- 静岡県: 約73%
- 東京都: 約60%
- 大阪府: 約60%
- 沖縄県: 約52%
最大で24ポイントの開きだ。
背景には住民の意識差だけでなく、医療機関側のインフラ格差がある。スマホ対応カードリーダーを導入済みの施設は全国で約10.3万。全医療機関の5割弱にとどまる。都市部でも対応が追いついていない小規模クリニックは多い。
保険者の種類による差も見逃せない。健保組合・共済組合での登録率は80%を超えるが、市町村国保では70%を下回る。大企業の従業員と自営業・非正規雇用では、同じ制度のもとでも普及速度に差が出ている。
利用率の地域差は、住民がデジタルを「選ばない」のではなく、「選べる環境にない」ケースが含まれていることを示唆している。
都道府県別 マイナ保険証利用率(上位・下位)
厚生労働省
「資格確認書」── 二重運用が生むコスト
マイナ保険証を使えない人のために、紙の「資格確認書」が並行して発行されている。
カード未保有者、暗証番号未設定の高齢者、カードリーダー未導入の医療機関。すべてに対応するため、結局は紙ベースの代替手段が残った。後期高齢者には2026年7月末まで資格確認書が一律送付される暫定措置が続いている。
ここにデジタル移行のジレンマがある。
「全員が移行するまで紙を残す」方針は、移行する動機を弱める。かといって「紙を打ち切る」方針は、使えない層の医療アクセスを損なう。どちらを選んでも、移行は完了しない。
二重システムの維持にはコストが伴う。確認書の印刷・郵送、窓口での照合作業、トラブル発生時に患者が一時的に10割負担を求められる事後精算。デジタル化で省くはずだった手間が、移行期にはむしろ増えている。
50%から先は「設計」の問題になる
利用率が26%→50%に伸びた過程は、「紙をなくす」という外圧型アプローチの成果だ。使える人に切り替えを促すだけなら、制度変更で十分に機能した。
だが50%から先はまったく別の課題になる。
85歳以上の利用率24%は、暗証番号・カード操作・窓口手続きという壁が積み重なった結果だ。富山と沖縄の24ポイント差は、医療機関のインフラ格差が利用者の選択を制約している証拠だ。
次のフェーズで必要なのは、ハードの配備ではなくソフトの設計になる。
- 暗証番号なしで使える生体認証の全施設展開
- 介護施設での代理利用に関する法的ルール整備
- 地域ごとの医療機関向けシステム導入支援の強化
2026年秋には次期マイナンバーカードの導入が予定されている。暗号方式の刷新やスマートフォンとの機能統合が計画されているが、カードの性能向上だけでは「カードを操作できない人」の壁は越えられない。
50%の利用率を「半数が使っている」と読むか、「半数が使えていない」と読むか。行政DXの次の段階は、後者の視点から制度を組み立て直せるかどうかにかかっている。