独自分析
安全保障防衛費太平洋防衛自衛隊中国軍事
太平洋の「空白」を埋めろ ── 防衛費9兆円時代、日本が直面する3つの壁

太平洋の「空白」を埋めろ ── 防衛費9兆円時代、日本が直面する3つの壁

小泉防衛相が硫黄島で「太平洋防衛構想室」設置を表明。中国空母3隻体制の圧力下、急拡大する防衛予算と深刻化する人手不足の矛盾に迫る。

2026-03-29

太平洋の「空白」を埋めろ ── 防衛費9兆円時代、日本が直面する3つの壁 - 全体像

9.04兆円

2026年度防衛費(過去最大)

硫黄島発の宣言──「太平洋防衛構想室」が示す空白

2026年3月28日、小泉進次郎防衛大臣は硫黄島(東京都小笠原村)を視察し、4月に防衛省内へ「太平洋防衛構想室」を新設すると表明した。狙いは、太平洋側の海域・空域で活発化する周辺国の活動に対し、省内横断で防衛態勢を検討・推進する体制をつくることにある。小泉氏は太平洋側防衛を「喫緊の課題」とし、現状について「必ずしも十分ではなく、広大な部分が空白状態になっている」と認めた。シーレーン防衛を通じて「わが国の社会経済活動の基盤を守り抜く」との説明は、太平洋防衛が軍事だけでなく経済安全保障にも関わることを示す。硫黄島では日米合同慰霊式が開かれ、かつて敵対した日米が現在は同盟国として太平洋の安定を担う構図も示された。同島では大型船が利用できる港湾整備や滑走路拡張も検討され、防衛インフラ拠点としての役割が浮上している。戦後の防衛政策は中国・ロシアを念頭に日本海側や東シナ海方面を重視し、太平洋側は在日米軍や米太平洋艦隊の広域展開を前提としてきた。しかしトランプ政権が「西半球」重視へ傾く中、その前提は揺らぐ。安保関連3文書は高市首相の方針で2026年中に前倒し改定される見通しで、構想室の検討や2024年3月発足の統合作戦司令部との連携が焦点となる。

中国の太平洋進出──空母3隻体制とレーダー照射

太平洋防衛が急務となった背景には、中国人民解放軍の活動拡大がある。中国海軍の空母「遼寧」は2016年12月以降、2025年5月末までに計11回太平洋へ進出した。空母「山東」も2023年4月の初進出以降、8回の活動が確認されている。さらに3隻目の空母「福建」が建造中で、電磁式カタパルトにより艦載機運用能力が大きく高まるとみられる。3隻体制が実戦配備されれば、少なくとも1隻を常時太平洋へ展開する運用も視野に入る。2024年7月には、中国空母艦載機の太平洋上での発着艦が380回に達したことを防衛省が確認した。同年9月には、空母が与那国島と西表島の間の日本領海に近い海域を通過する事例も初めて確認され、中国海軍の活動が日本の生活圏に迫る実態が鮮明になった。とりわけ危険性が高いのが、2025年12月6日のレーダー照射事案である。沖縄本島南東の公海上空で、空母「遼寧」から発艦したJ-15戦闘機が、スクランブル発進した航空自衛隊のF-15戦闘機に火器管制レーダー(FCR)を二度照射した。1回目は約3分間、2回目は約30分間続いたとされる。FCR照射は空対空ミサイル射撃の直前操作にあたり、偶発的衝突のリスクを高める行為だ。航空自衛隊の緊急発進も高止まりし、2024年度は704回、うち中国機への対応は464回で66%を占めた。2025年末には中国軍が台湾周辺で大規模演習を行い、台湾東側の太平洋海域にも強襲揚陸艦や無人機を投入した。

防衛費9.04兆円時代──GDP比2%達成後の財政課題

安全保障環境の悪化を受け、防衛予算は急拡大している。2026年度の防衛関係費は9兆353億円、すなわち約9.04兆円に達し、当初予算ベースで12年連続の過去最大更新となった。2022年度の5兆4,000億円から4年間で約1.7倍に増えた計算である。起点は2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻だった。同年12月、岸田政権は安保関連3文書で「2027年度までにGDP比2%」を掲げ、毎年約1兆円ずつ積み増した。高市首相はさらに計画を前倒しし、2025年度中に補正予算を含めGDP比2.0%を達成した。防衛関連経費は11兆円規模となり、当初予算8兆7,005億円に補正予算約1.3兆円を加える形で、目標を2年前倒しした。一方で財政面の制約は強まる。2026年度予算では、戦後長く「禁じ手」とされてきた建設国債が約6,000億円使われた。米国製を中心とする武器の分割払い、いわゆる「兵器ローン」の返済額が歳出の50%を超えている点も重い。東京新聞が「半分以上が兵器購入ローン返済」と報じたように、新規装備の調達余地は狭まり、予算は硬直化している。国際的にはGDP比2%も高い目標とは言いにくくなった。NATOは2025年のハーグ・サミットで、2035年までにGDP比5%(うち防衛費3.5%)を新目標に設定した。米国のコルビー国防次官も日本にGDP比3%を求める。野村證券は、次期安保3文書で「2031年度にGDP比3.0%」が目標となれば、防衛予算は19.6兆円に達すると分析する。法人税・所得税・たばこ税の増税は宙に浮き、安定財源はなお不透明である。

日本の防衛関係費の推移(当初予算)

出典:防衛省「防衛力抜本的強化の進捗と予算」

主要国の防衛費GDP比(2025年推定値)

出典:NATO年次報告書2025、防衛省

人員不足という制約──充足率89.1%の自衛隊

防衛費を9兆円規模へ増やしても、装備を運用する人材が不足すれば実力には結びつかない。自衛隊は発足以来最も深刻な人員不足に直面している。定員約24万7,000人に対し、2024年度末の実員は約22万3,000人。欠員は約2万3,000人に上り、前年度からさらに4,000人以上減った。充足率は89.1%で、1999年度以来25年ぶりに9割を下回った。陸上自衛隊は約13万1,000人、海上自衛隊は約4万2,000人、航空自衛隊は約4万3,000人だが、いずれも定員割れが常態化している。特に不足が深刻なのは最前線を担う「士」である。幹部の充足率は92.6%、中堅の「曹」は98.2%であるのに対し、士は67.8%にとどまる。3人に1人が欠員という状態で、若年層が足りない構造が固定化しつつある。中央公論が「2万人足りない」と特集したように、この問題は「静かなる有事」とも呼ばれる。採用も厳しい。2023年度の採用数は9,959人で1万人を割り込み、募集計画1万9,598人に対する充足率は51%と過去最低だった。2024年度の応募者も6万1,742人で、前年から約2,000人減った。背景には少子高齢化による募集対象人口の減少がある。18歳人口は2020年の約117万人から2030年には約100万人を下回ると推計され、民間企業との競争も強まる。ハラスメント問題や実戦を想定した訓練の過酷化も志願者離れの要因とされる。政府は2024年12月に「自衛官の処遇・勤務環境の改善に関する基本方針」をまとめ、自衛官候補生制度の廃止、新たな任期制士、AI・無人化技術、OB・民間人材、「日本版予備役制度」を検討している。それでも硫黄島の港湾・滑走路整備、新型護衛艦、P-1哨戒機の増備には人が必要だ。

自衛隊の階級別充足率(2024年度末)

出典:参議院常任委員会調査室

外交で補う太平洋防衛──「高市詣で」と多国間連携

太平洋防衛の空白を自衛隊だけで埋めるのが難しい以上、外交による補完は不可欠となる。2026年3月の高市外交は、その文脈で位置づけられる。高市首相は3月19日、ワシントンでトランプ大統領と就任後初の日米首脳会談を行った。中東情勢が緊迫する中での訪米だったが、米メディアは「高市首相はほぼ無傷で乗り切った」と評価した。ホルムズ海峡情勢への法的対応の説明や、防衛費GDP比2%達成の報告は、同盟関係の維持に一定の効果を持ったとみられる。注目されるのは、高市政権発足後5カ月あまりで、G7首脳のうちドイツを除く全員が訪日または会談済みとなった点だ。日経新聞が「G7首脳ら相次ぐ『高市詣で』」と表現した動きは、トランプ政権の同盟軽視を警戒する各国が、日本を対中国バランスの要と見ていることを示す。3月末から4月にかけても、カナダのカーニー首相(3月6日来日)、シンガポールのウォン首相(17〜19日)、インドネシアのプラボウォ大統領(29〜31日)、フランスのマクロン大統領(31日〜4月2日)と、太平洋・インド太平洋の主要国首脳が相次いで東京を訪れる。フランスとはAIの軍民両用技術や次官級対話が議題となる見込みで、同国はニューカレドニアやポリネシアに海外領土を持つ太平洋国家でもある。インドネシアは東南アジア最大の海洋国家で、シーレーン防衛の重要な相手だ。一方、トランプ大統領が3月31日から中国を訪問し、習近平国家主席と会談する予定であることは、日本の頭越しに米中間で「ディール」が成立する懸念を伴う。高市首相はマクロン大統領やプラボウォ大統領との会談で、台湾問題や中国の海洋進出に対する多国間連携を確認しようとしている。防衛費、人員、外交を持続可能な形で結び直せるかが、年内改定の安保3文書で問われる。