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「見えない増税」年間1.9兆円 ── 賃上げの果実を奪うブラケットクリープの正体

「見えない増税」年間1.9兆円 ── 賃上げの果実を奪うブラケットクリープの正体

761万人が高税率帯にシフト、178万円の壁引き上げでも届かない「手取り増」の約束

2026-05-11

1.9兆円

ブラケットクリープによる年間隠れ増税額(2019→2025年)

賃上げでも手取りが増えにくい理由

春闘の賃上げ率は2024年に33年ぶりの5.1%、2025年も5.46%となり、3年連続で5%を超えた。物価高の家計には賃上げの効果が届くはずだが、給与所得者の実感は「給料は上がったのに手取りが増えない」に近い。

背景には、明示的な増税なしに税負担が増える仕組みがある。2024年度の国の一般会計税収は75兆2,330億円で、5年連続で過去最高を更新し、2020年度の60.8兆円から4年で14兆円超増えた。

第一ライフ資産運用経済研究所の星野卓也氏の試算では、2019年から2025年のインフレと賃上げで、家計の税負担は年間約1.9兆円増えた。物価と賃金が上がるだけで税収が膨らむことが、ステルス増税の中心にある。

ブラケットクリープという自動増税の仕組み

日本の所得税は、課税所得に応じて5%から45%まで7段階の税率を適用する累進課税である。問題は、税率の境界であるブラケットが名目金額で固定され、物価上昇に合わせて動かないことだ。

たとえば課税所得が330万円を超えると税率は10%から20%へ上がる。2019年に課税所得300万円だった人が、6年間の物価上昇と賃上げで330万円を超えれば、実質的な生活水準が大きく変わらなくても高い税率帯に移る。

星野氏の試算では、年間1.9兆円の増負担の内訳は、所得税の税率区分未調整が9,800億円、給与所得控除の据え置きが6,900億円、住民税の基礎控除未調整が2,500億円。2019年から2025年で最低税率5%帯の納税者割合は60.6%から52.8%へ下がった。

ブラケットクリープによる隠れ増税の内訳(年間)

出典:第一ライフ資産運用経済研究所(2025年試算)

761万人が高税率帯へ移った影響

国税庁の民間給与実態統計調査をもとにした試算では、2019年から2025年に所得税の税率帯が上がった人は合計761万人にのぼる。5%帯から10%帯への移行が412万人、10%帯から20%帯が271万人、20%帯から23%帯が78万人だった。

影響は低所得層に限られない。年収帯別の実効税率上昇幅は、600万〜850万円層で+0.9ポイント、850万〜1,000万円層でも+0.9ポイント、1,000万円以上では+1ポイント超とされる。

税以外の負担も重い。第一ライフ資産運用経済研究所の別試算では、4人家族の年間家計負担増は食料品、光熱費、社会保険料等を含め、2025年に前年比+15.3万円。2026年は政府の物価対策で+8.9万円へ縮小する見通しだが、軽減効果は2.5万円、対策なし比で約22%にとどまる。

所得税率帯が上昇した人数(2019→2025年)

出典:第一ライフ資産運用経済研究所(国税庁データに基づく試算)

178万円の壁引き上げで残る課題

ステルス増税への対応として、2026年度税制改正では年収の壁が見直された。長年103万円に据え置かれていた課税最低限は178万円に拡大され、基礎控除は本則62万円に特例42万円を加えた104万円、給与所得控除の最低保障額は本則69万円に特例5万円を加えた74万円となる。

さらに、物価上昇率に連動して基礎控除等を2年ごとに自動調整する仕組みも導入された。何十年も据え置かれる事態を避ける制度的な手当てだが、専門家からは課税最低限の引き上げだけでは不十分との指摘がある。

所得税の税率区分、つまり課税所得330万円で20%、695万円で23%、900万円で33%といった閾値は、インフレに連動していない。中高所得層が高税率帯へ押し上げられる構造は残り、毎月の手取りに変化が出るのは年末調整後の2026年12月以降となる見込みだ。

手取り増を実現する制度設計

国際的には、米国やカナダなど多くの先進国が、所得税の税率区分を毎年の物価上昇率に合わせて自動調整するインデクゼーションを採用している。米国では内国歳入庁、IRSが毎年、消費者物価指数に基づき、税率区分、標準控除額、各種控除の上限額を更新する。

日本の2年ごとの見直しは前進だが、対象が課税最低限に限られる点で差がある。「手取りを増やす」は2025年の衆院選で与野党を問わず掲げられ、国民民主党の「103万円の壁」撤廃主張を受け、自民党は178万円への引き上げに応じた。

一方で、税率区分のインフレ調整という核心には踏み込めていない。2025年夏の参議院選挙を控え、賃上げを手取りに反映させるには、税率区分の自動調整を含む制度改革が論点となる。財政健全化との両立は難しいが、稼いでも取られるという不信感を放置する政治的コストも小さくない。